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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)187号 判決

原告 長田時雄

被告 武蔵野税務署長

代理人 金沢正公 高梨鉄男 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、原告が昭和四七年七月四日に丸紅に対して本件土地を譲渡し、右譲渡にかかる収入金額が四億六〇〇六万五〇〇〇円であることについても、当事者間に争いがない。

二  そこで、必要経費について検討するに、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費は、当額資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とされており(所得税法三八条一項)、また、譲渡に要した費用とは、譲渡を実現するために直接必要な経費をいうと解される。

ところで、債務者が自己所有の物件を譲渡担保に供した場合には、債権者は当該物件の担保的価値を把握するにとどまり、右物件についてのその他の権能は引き続き譲渡担保設定者が保有しているのであるから、譲渡担保権の実行により目的物件が確定的に債権者に帰属する前に設定者が同物件の受戻しをしたときは、これをもつて所得税法にいう資産の取得があつたということはできない。それ故、右受戻しをするために設定者が支払つた金員は、たとえそれがなんらかの事情により本来弁済すべき被担保債務額を超えて支払うことを余儀なくされたものであつても、これを前記の資産の取得に要した費用とみることはできないのである。

そうすると、原告が本件譲渡所得計算上の控除項目として申告した和解金(棚橋鐸一郎)一億五三六〇円、和解金(吉川甲子太郎)三六〇九万四九〇五円、訴訟費用(丁野暁春)一五一〇万円、譲渡手数料(長田寛)七五〇万円、不動産登録税他(岩下勝枝)三七万六九六〇円及び不動産取得税(静岡県)四四万五三六〇円は、当事者間に争いのないその支払の趣旨からみていずれも控除すべき取得費に当たらないことは明らかである。また、本件土地を受け戻すことがこれを譲渡する前提として必要であつたとしても、そのことにより当然に右受戻しに要した右金員が譲渡を実現するために直接必要な経費となるものでないことはいうまでもない。

原告は、右各金員のうちの一部につき単なる譲渡担保受戻費用とは異なることを強調するが、ひつきよう、受戻しに際して債権者との間に紛議を生じたため受戻しを実現する費用として本来の被担保債務額以上の出捐をせざるをえなかつたというに帰着するものであつて、右判断を動かすに足りるものではない。

してみると、本件土地の取得費としては、原告の申告にかかる工事費他諸掛り一九七〇万四八三〇円がこれに含まれるとしても、右一九七〇万四八三〇円と原告が昭和二三年に特殊製鋼から本件土地を買い受けた際に支払つた代金二五万一二七八円(原告が昭和二三年に特殊製鋼から本件土地を二五万一二七八円で買い受けたことについては、原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)との合計一九九五万六一〇八円が、被告の主張する額すなわち前記当事者間に争いのない収入金額四億六〇〇六万五〇〇〇円の一〇〇分の五に相当する二三〇〇万三二五〇円(当時の租税特別措置法三一条の二第一項本文参照)を下廻つているので、原告に有利な右被告主張額二三〇〇万三二五〇円を採用すべきこととなる。また、譲渡費用としては、原告の申告にかかる引渡遅延違約金(丸紅)一〇〇〇万円が譲渡費用に含まれるべきでないことについて当事者間に争いがないので、これと、前述した譲渡手数料(長田寛)、不動産登録税他(岩下勝枝)、不動産取得税(静岡県)とを原告の申告額から除外すると、別表被告主張額欄記載のとおり二三六〇万六二二〇円となる。

三  そうすると、原告の所得金額は、収入金額四億六〇〇六万五〇〇〇円から取得費二三〇〇万三二五〇円と譲渡費用二三六〇万六二二〇円を控除し、更に特別控除額一〇〇万円を差し引いた四億一二四五万五五三〇円となり、本件課税処分がこの範囲内で行われていることは明らかである。

四  右の次第で、本件課税処分に原告主張の違法はないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 川崎和夫 菊池洋一)

物件目録 別表 <略>

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